鍋谷友理枝の現在は?結婚・第一子出産と引退後の活動、リオ五輪まで徹底解説
元バレーボール女子日本代表の鍋谷友理枝さんは、2025年の現役引退後、どのような活動をしているのでしょうか。2016年リオデジャネイロ五輪への出場や、独特のフォームで知られる「招き猫サーブ」で注目を集めた鍋谷さんは、現在、バレーボールチームのチームアドバイザーとして新たなキャリアを歩んでいます。 (あわせて読みたい:【2026年最新】錦戸亮に現在彼女はいる?結婚しているのか)

プライベートでは、2022年5月に結婚を公表し、2026年3月29日には第一子の出産を報告しました。さらに、2026-27シーズンからは所属チームの名称も変更されています。1993年生まれの鍋谷さんの年齢や身長、夫との関係、子供、現役引退の理由、デンソーエアリービーズやPFUブルーキャッツでの活躍まで、2026年10月現在の情報を時系列で整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】 - 現在の活動: 2025年に現役引退し、現在はアリーザ愛知(旧クインシーズ刈谷)のチームアドバイザーを務める。 - 結婚・子供: 2022年5月に結婚を公表。2026年3月29日に第一子の出産を報告した。 - バレー経歴: 東九州龍谷高校からデンソー、PFUを経て日本代表入り。2016年リオ五輪にも出場した。 - プロフィール: 1993年12月15日生まれ。2026年10月現在32歳。SVリーグの選手プロフィールでは身長176cm。 - 引退後の目標: 選手としての経験を生かし、現役選手やバレーボールに取り組む子供たちを支える活動に取り組んでいる。
【2026年最新】鍋谷友理枝の現在は?現役引退後の活動と第一子出産
2026年現在の鍋谷友理枝さんは、現役バレーボール選手ではなく、チームを支えるスタッフとして活動しています。
2025年2月28日、所属していたクインシーズ刈谷は、鍋谷さんが2024-25シーズンをもって現役を引退すると発表しました。約13年間にわたって国内トップリーグでプレーしてきた選手生活に、ひとつの区切りをつけたのです。
その後、2025年7月4日には、クインシーズ刈谷のチームアドバイザーへの就任が発表されました。現役を退いて競技から離れるのではなく、これまでの経験をチームに還元する立場へと移っています。
さらに2026年3月29日には、自身のInstagramで第一子の出産を報告。バレーボール界からも祝福が寄せられました。
2026年は所属チームの名称にも変化
ここで押さえておきたいのが、鍋谷さんが所属するチームの名称変更です。
2026年6月30日、クインシーズ刈谷は、2026-27シーズンからチーム名を「アリーザ愛知(ALEEZA AICHI)」に変更すると公式発表しました。
チーム名だけでなく、ロゴやクラブカラーも刷新。創部75周年を迎えたクラブが、新しいブランドで次の段階へ進むことになりました。
アリーザ愛知の公式スタッフ紹介にも、鍋谷友理枝さんはチームアドバイザーとして掲載されています。したがって、2026年10月現在の活動を説明する場合は、旧称のクインシーズ刈谷だけでなく、現在のアリーザ愛知という名称も知っておく必要があります。
本人はスタッフ紹介で、チームがどんなときもクインシーズらしさを発揮できるようサポートしていく趣旨のメッセージを掲載しています。現役時代から関わってきたクラブを、今度は別の立場から支えているのです。
2026年3月29日に第一子の出産を報告
2026年3月29日、鍋谷さんは第一子を出産したことをInstagramで報告しました。翌30日には日刊スポーツやデイリースポーツなどもニュースとして取り上げています。
「この度、第一子を出産いたしました!」
本人は、元気に生まれてきたことへの喜びと、妊娠期間中に支えてくれた人々への感謝を伝えました。また、出産を経験したことで、その大変さを身をもって実感したことや、医療関係者への感謝も記しています。
投稿では、クインシーズの試合を直接観戦できないことを残念に思いつつ、チームに力を送りたいという気持ちも表明していました。
なお、出産報告で公表されたのは第一子という情報です。子供の名前や性別など、詳細なプロフィールは広く公表されていません。家族のプライバシーを尊重し、公開された内容とそれ以外を区別して受け止めることが大切です。
【結婚相手・夫は誰?】2022年の結婚報告と夫婦のエピソード
鍋谷友理枝さんは、2022年5月8日に自身のInstagramで結婚していたことを公表しました。
ただし、結婚を報告した2022年が入籍年というわけではありません。本人の発表によると、実際に入籍したのは2021年です。
結婚相手は一般男性?公表されている情報
2022年5月8日の投稿で、鍋谷さんは以前から交際していた相手と前年に入籍したことを報告しました。シーズンが落ち着いたタイミングでファンに伝えたかったという経緯も説明しています。
当時はPFUブルーキャッツに所属する現役選手であり、結婚後も競技を続ける意向を示していました。
夫について、氏名や職業、年齢などの詳細なプロフィールは、本人の公表情報からは確認できません。夫が著名人やスポーツ選手であると断定できる情報もありません。
したがって、検索されることの多い「鍋谷友理枝の結婚相手は誰?」という疑問に対しては、2021年に入籍したことは本人が公表しているものの、夫の個人プロフィールは公表されていないというのが正確な整理です。
2026年のインタビューで明かした夫の支え
夫婦関係について興味深いのが、2026年2月24日に掲載されたCHANTO WEBのインタビューです。
鍋谷さんは、現役時代から健康面で悩みを抱え、治療と競技生活を両立してきた経験について語っています。そのなかで、夫が精神的な支えになってくれたことも明かしました。
特に印象的なのは、将来子供を持てるかどうかという不安を夫に伝えた際のエピソードです。夫は、子供ができるかどうかにこだわらず、まずは健康を大切にしてほしいという趣旨の言葉をかけたといいます。
また、鍋谷さんは結婚相手に惹かれた理由として、父親に似た部分があったことにも触れています。
こうした本人のインタビューからは、結婚生活が単なる私生活の変化ではなく、長い競技人生や健康面の課題を乗り越えるうえで、大切な支えになっていたことがうかがえます。
子供は何人?第一子以外の情報は?
2026年3月の出産報告で確認できるのは、第一子が誕生したという事実です。
2026年10月現在、公開情報で確認できる子供は第一子です。第二子の誕生などについて、本人から新たな公表は確認できません。
また、子供の名前や誕生日の詳細、性別についても、出産報告以上の情報は公表されていません。
2022年の結婚報告から2026年の第一子出産までを振り返ると、現役選手として活動していた時期から、引退後に新しい家族を迎えるまで、人生の大きな転換期を迎えていたことが分かります。
【年齢・身長・プロフィール】東九州龍谷高校時代から注目された実力
鍋谷友理枝さんは、東京都出身の元女子バレーボール選手です。小学生時代から競技に取り組み、高校時代には全国レベルの選手として頭角を現しました。
鍋谷友理枝の基本プロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 鍋谷友理枝(なべや・ゆりえ) |
| 生年月日 | 1993年12月15日 |
| 年齢 | 32歳(2026年10月31日時点) |
| 出身地 | 東京都大田区 |
| 身長 | 176cm(SVリーグ公式プロフィール) |
| ポジション | アウトサイドヒッター |
| 出身高校 | 東九州龍谷高校 |
| 主な所属先 | デンソー、PFU、クインシーズ刈谷 |
| 日本代表 | 2013年初選出 |
| 五輪出場 | 2016年リオデジャネイロ五輪 |
| 現在の役職 | アリーザ愛知・チームアドバイザー |
生年月日は1993年12月15日です。2026年10月現在は32歳で、同年12月15日に33歳を迎えます。
身長については、SVリーグ公式プロフィールと日本オリンピック委員会(JOC)の記録では176cmとされています。一方、過去のデンソー関連プロフィールには177cm、2011年の新人選手加入発表には178cmという記載もあります。掲載時期や資料によって数字に違いがあるため、現在の公式リーグプロフィールを基準にするなら176cmです。
東九州龍谷高校で春高バレー優勝・最優秀選手賞
鍋谷さんのバレーボール人生を語るうえで欠かせないのが、大分県の東九州龍谷高校です。
同校は女子高校バレーの強豪として知られ、鍋谷さんは在学中から全国大会で活躍しました。高校時代には主将を務め、春高バレーの優勝と最優秀選手賞を経験しています。
高校時代に培った攻撃力や守備力、チームをまとめる経験は、その後の実業団や日本代表での活動にもつながりました。
また、両親もバレーボール経験者だったことが、競技を始めるきっかけの一つになっています。デンソーエアリービーズの選手紹介では、家族から競技面でアドバイスを受けてきたことも紹介されていました。
高校卒業後は大学進学ではなく、実業団で競技を続ける道を選択。2011年12月にデンソーへの加入内定が発表され、2012年4月に入社しました。
【経歴年表】デンソー・PFU・クインシーズ刈谷で築いた実績
鍋谷さんの選手生活は、デンソーエアリービーズ、PFUブルーキャッツ、トヨタ車体クインシーズ(現クインシーズ刈谷)という3つのクラブを中心に展開しました。
それぞれのチームで異なる役割を担いながら、国内トップリーグで長年プレーを続けてきたことが特徴です。
年代別キャリアと所属チームの変遷
デンソーエアリービーズでの9シーズン
2012年に加入したデンソーエアリービーズは、鍋谷さんがプロとしての基礎を築いたチームです。
アウトサイドヒッターとして、攻撃だけでなくサーブレシーブや守備でも存在感を発揮。チームの中心選手として長く在籍し、キャプテンも務めました。
日本代表に初選出されたのも、このデンソー時代です。国内リーグでの経験を積みながら、世界を相手に戦う選手へと成長していきました。
PFUブルーキャッツでの新たな挑戦
2021年にはPFUブルーキャッツへ移籍しました。
デンソーで約9シーズンを過ごした後の移籍であり、選手として新たな環境に身を置く転機となりました。
PFUでもアウトサイドヒッターとしてプレーし、豊富な経験をチームに還元。2023年1月にはVリーグ通算230試合出場を達成し、Vリーグ栄誉賞を受賞しています。
同年5月の第71回黒鷲旗全日本男女選抜大会では、PFUの優勝に貢献し、最高殊勲選手にあたる黒鷲賞も獲得しました。
トヨタ車体クインシーズからクインシーズ刈谷へ
2023年6月、鍋谷さんはトヨタ車体クインシーズへの加入が発表されました。
デンソー、PFUに続く3つ目の所属チームです。豊富な経験に加え、攻撃と守備の両面で高い技術を持つ選手として期待されました。
その後、チームは2024-25シーズンからクインシーズ刈谷の名称で活動。鍋谷さんも同シーズンまでプレーを続け、2025年に現役生活を終えました。
所属チームの公式引退発表によると、2025年2月28日時点でのリーグ通算成績は338試合出場・3198得点。数字からも、長期にわたって国内トップレベルで活躍してきたことが分かります。
【日本代表・リオ五輪】鍋谷友理枝の招き猫サーブとは?
鍋谷さんの名前を全国的に知らしめた大きな出来事が、2016年のリオデジャネイロオリンピックです。
2013年に女子日本代表へ初選出され、その後、ワールドカップや国際大会で経験を重ねました。2016年にはリオ五輪の代表メンバーに選ばれ、女子日本代表の一員として世界の舞台に立っています。
JOCの公式記録では、リオデジャネイロ五輪の女子日本代表は5位。鍋谷さんにとっても、選手生活を代表する大きな実績となりました。
リオ五輪だけではない国際大会での実績
日本代表としての主な経歴は次のとおりです。
- 2013年:女子日本代表に初選出
- 2015年:ワールドカップ出場
- 2016年:リオデジャネイロオリンピック出場
- 2017年:ワールドグランドチャンピオンズカップ出場
- 2019年:ワールドカップ出場
2015年と2019年のワールドカップにも出場しており、単発の五輪出場だけでなく、複数の国際大会を経験した選手でした。
招き猫サーブが話題になった理由
鍋谷さんを象徴するプレーとして知られているのが、通称「招き猫サーブ」です。
これは、鍋谷さん独特のフォームから打ち出されるサーブにつけられた呼び名です。一般的なサーブとは異なる印象的な構えが特徴で、ボールに強い回転をかけない無回転サーブを繰り出し、サービスエースを重ねてきました。
無回転サーブは、ボールの回転によって軌道が安定する一般的な回転系サーブとは異なり、空気の影響を受けて軌道が変化しやすい特徴があります。レシーバーにとっては落下地点を予測しにくく、対応の難しいサーブです。
鍋谷さんの場合、独特のフォームと無回転のボールが組み合わさることで、相手に強い印象を残しました。
また、彼女の持ち味はサーブだけではありません。アウトサイドヒッターとしての攻撃力に加え、守備やサーブレシーブでも貢献できる総合力が評価されていました。
2025年3月23日に行われた引退セレモニーでも、最後のホームゲームで代名詞の招き猫サーブを披露。現役最後の姿を見届けようと集まったファンを沸かせました。
【現役引退の理由】病気やけがを乗り越え、支える側へ
鍋谷友理枝さんが現役を引退したのは、2024-25シーズン終了時です。
2025年2月28日、クインシーズ刈谷が正式発表し、同年3月23日にはホームゲーム最終戦に合わせて引退セレモニーと記者会見が行われました。
引退理由は何だったのか
引退に関して、本人が特定の理由だけを挙げて説明したわけではありません。
ただし、所属チームを通じて発表した引退コメントでは、バレーボールを続けるなかで病気やけがなど、多くの壁にぶつかってきたことを明かしています。
また、2026年2月のCHANTO WEBのインタビューでは、現役時代から抱えていた健康上の悩みや治療についても語っています。長期間にわたる競技生活の裏側には、身体的な負担と向き合い続ける日々がありました。
2025年3月の引退会見では、引退後について次のように話しています。
「まずは体調を整えたい。」
そのうえで、バレーボールに取り組む子供たちや現役選手をサポートしたいという希望も語りました。
つまり、引退は単純に競技への意欲を失ったという話ではありません。長い競技生活を振り返り、自分の身体と向き合いながら、今後もバレーボールに関わる道を考えた節目だったと受け取れます。
引退後にチームアドバイザーを選んだ意味
2025年7月4日に発表されたチームアドバイザーへの就任は、引退会見で語った希望ともつながっています。
選手としてコートに立つことは終えても、長年の経験を次の世代やチームに還元することはできます。
特に鍋谷さんは、デンソー、PFU、クインシーズ刈谷という異なる環境でプレーし、日本代表として国際大会も経験してきました。攻撃と守備の両面を知り、長年トップリーグで戦ってきた経験は、チームを支えるうえで貴重な財産です。
2025年7月の就任発表では、本人もチームの一員として再び日本一を目指せることへの喜びを示し、チームのサポートとクラブの魅力向上に取り組む意向を表明しました。
2026年10月現在は、名称変更後のアリーザ愛知の公式スタッフにもチームアドバイザーとして掲載されています。引退後の活動が一時的なものではなく、クラブの新体制にも引き継がれていることが分かります。
【鍋谷友理枝に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:鍋谷友理枝さんは現在何歳ですか?
A1:1993年12月15日生まれで、2026年10月31日時点では32歳です。2026年12月15日に33歳になります。
Q2:鍋谷友理枝さんの結婚相手は誰ですか?
A2:2021年に以前から交際していた男性と入籍し、2022年5月8日に本人が結婚を公表しました。夫の氏名や職業など、詳しいプロフィールは公表されていません。
Q3:鍋谷友理枝さんには子供がいますか?
A3:はい。2026年3月29日に第一子を出産したことを本人が報告しています。子供の名前や性別などは公表されていません。
Q4:鍋谷友理枝さんの身長は何cmですか?
A4:SVリーグ公式プロフィールとJOCの記録では176cmです。過去の所属チームの資料には177cmや178cmという記載もあります。
Q5:鍋谷友理枝さんはなぜ現役を引退したのですか?
A5:2025年2月に2024-25シーズン限りでの引退を発表しました。本人は競技生活で病気やけがなどの困難があったと振り返り、引退会見ではまず体調を整えたいと話しています。特定の理由だけを引退の原因として公表したわけではありません。
Q6:鍋谷友理枝さんは引退後もバレーボールに関わっていますか?
A6:はい。2025年7月にクインシーズ刈谷のチームアドバイザーに就任しました。2026年10月現在は、名称変更後のアリーザ愛知でも同じ役職を務めています。
Q7:鍋谷友理枝さんの招き猫サーブとは何ですか?
A7:独特のフォームから繰り出す無回転サーブの通称です。軌道が変化しやすく、相手のレシーブを難しくする武器として知られていました。
まとめ:鍋谷友理枝は引退後もバレーボール界で新たな役割を担う
鍋谷友理枝さんの歩みを振り返ると、東九州龍谷高校での全国制覇からデンソーエアリービーズでの実業団生活、日本代表としてのリオ五輪出場まで、長年にわたってバレーボールに向き合ってきたことが分かります。
2021年の結婚、2025年の現役引退、同年7月のチームアドバイザー就任、そして2026年3月の第一子出産。競技生活の節目と人生の大きな変化が重なった時期でもありました。
特に注目したいのは、現役を引退してもバレーボールとの関係が途切れていないことです。2026年6月には所属クラブがアリーザ愛知へと名称を変更しましたが、公式スタッフ紹介には引き続きチームアドバイザーとして名前が掲載されています。
選手として培った技術、国際大会で得た経験、長年の競技生活で乗り越えてきた困難。それらを次の世代に伝えていくことは、現役時代とは違った形での貢献につながります。
2026年10月現在、鍋谷さんは家庭とバレーボール界の双方で新しい人生を歩んでいます。今後はチームアドバイザーとしてどのような役割を果たしていくのか、そして豊富な経験を持つ元日本代表として、次世代の選手たちにどのような影響を与えていくのかにも注目が集まります。
「招き猫サーブ」で知られた元日本代表選手から、チームと次世代を支える存在へ。鍋谷友理枝さんの第二のキャリアは、これからもバレーボール界で注目されるでしょう。 (あわせて読みたい:【仕事とキャリア】グラビア卒業後の紗綾は何をしている?)
(出典: 鍋谷 友 理枝(Yahoo!ニュース))